2026年6月の古典戯曲を読む会@東京では、アイルランドの劇作家・詩人、ジョン・ミリントン・シングJohn Millington Synge (1871-1909)の『西の国の伊達男』を取りあげます。
三幕喜劇『西の国の伊達男』(1907)は、アイルランドの西の貧村に飛び込んだ浮浪青年が、民衆の気まぐれから英雄視されるが、その空想がさめると追い出されるという、現実と幻想、ユーモアと哀情の交錯する傑作です。
月に一回集まって、声を出して古典戯曲を読む会です。声を出して戯曲を読むといろいろな発見がありますよ。 参加費は原則無料、場所は早稲田大学教室です。どなたでもご自由に参加できます。一回切りの参加でも、自分が興味ある戯曲が取り上げられているときのみの参加も可能です。 2015年10月までに当会がとりあげた戯曲のリストは http://koten-tokyo.blogspot.jp/2015/10/99.html をご参照下さい。
2026年6月の古典戯曲を読む会@東京では、アイルランドの劇作家・詩人、ジョン・ミリントン・シングJohn Millington Synge (1871-1909)の『西の国の伊達男』を取りあげます。
2026年5月の古典戯曲を読む会@東京では、矢代静一『宮城野』をとりあげます。
「戸天保年間の麻布の色街を舞台に、女郎・宮城野と、なじみ客の偽絵師・矢太郎が交わす会話が予断を許さない方向へと進んでゆく。矢太郎は師の写楽を殺してきたらしく、宮城野はそれを察している。二人の交わす会話は嘘とほんとが混じり合い、矢太郎と惚れ合っているらしい写楽の孫娘との関係も混じり、男女の言葉は縺れ合い、物語は二転三転、表情を変えていく。」(Amazonの書籍のページより)2026年3月の古典戯曲を読む会@東京では、森本薫『女の一生』をとりあげます。3月と4月の二回で読み切る予定です(2/13早朝の投稿で、三好十郎の代表作『炎の人─ゴッホ小伝』をとりあげるとしていましたが、変更しました。申し訳ありません)。
『女の一生』について
森本薫の戯曲。五幕。1945年(昭和20)4月、文学座が久保田万太郎演出により東京・渋谷の東横映画劇場(現渋谷東宝)で初演。46年、作者自身が改訂を加え、文明社から単行本として刊行。日露戦争の勝利から第二次世界大戦による敗戦まで、明治・大正・昭和の三代にわたって「家」を守り抜いた女主人公(布引けい)の一代記的ドラマで、文学座の代表作だけでなく、初演以来主演し続けた杉村春子の当り役として、上演回数は700回を超える。
中国貿易で財をなした堤家に拾われた孤児けいは、女中として働くうちに当主しずに見込まれ、次男栄二への思いを捨てて、長男伸太郎の妻となる。けいは、無能な夫にかわって家業をもり立てるが、かえって周囲の人々や夫から離反され、ひとり苦難に耐える。やがて敗戦。堤家の焼け跡にたたずむけいは、大陸から帰った栄二に再会する。60年(昭和35)第1回訪中新劇団のレパートリーにも選ばれ、各地で好評を博した。
〈大島 勉〉(『ニッポニカ小学館日本大百科全書』より)。
2026年2月の古典戯曲を読む会@東京では、トム・ストッパード『アルカディア』の第二幕(後半)を読みます。
1/17には第一幕を読みましたが、第二幕だけの参加も大歓迎です。はじめてのかたもお気軽に。
19世紀と現代、200年の時を隔てた二つの物語が、ついに同じテーブルの上で交錯し始めます。歴史の「謎」と、隠された「真実」がスリリングに解き明かされる圧巻の展開を、ぜひご一緒に。
◆はじめての方・第二幕からのご参加も大歓迎です! 1/17の会に参加されていない方も、お気軽にお越しください。 物語の構造上、第一幕を既読の上ご参加いただくと、伏線の回収やラストの感動をより深く味わっていただけます。
知性と情熱がぶつかり合うストッパードの傑作、その結末を共に見届けましょう。
年の瀬となりました。2025年最後の古典戯曲を読む会@東京では、齋藤憐『グレイクリスマス』を取りあげます。1992年12月の初演以降、劇団民藝のレパートリーとして再演を重ねている齋藤憐の代表作です。
【齋藤憐について】 (1940-2011)
朝鮮平壌出身。1966年、俳優座養成所を卒業後、串田和美らと劇団「自由劇場」を結成。69年からはフリーになる。80年、自由劇場の『上海バンスキング』で岸田國士戯曲賞を受賞。同劇団への書き下ろしは、平安初期に天皇の寵愛を受けた女官の激動の生涯を辿る『クスコ』や、昭和初期の浅草に生きる芸人らを描く『黄昏のボードビル』などがある。偉人、著名人から市井の人々まで、時代に翻弄されながらもひたむきに生きる人間の姿を活写する戯曲は、高く評価されている。劇場開場時の記念公演を多数手がけ、97年の東京国際フォーラム開場に際し歌謡曲作詞作曲家・西条八十の生涯を東京の変遷に絡めた『カナリア』を執筆し、菊田一夫演劇賞を受賞した。また06年、長野の富農一家を通して戦後の日本人を見つめる『春、忍び難きを』で紀伊国屋演劇賞、鶴屋南北戯曲賞を受賞。2011年に逝去。(国際交流基金・日本の現代戯曲データベースより)
【作品あらすじ】(劇団民藝サイトより)
敗戦の年のクリスマス。進駐軍の将校クラブに母屋を接収され、離れに追いやられた五條伯爵家。天皇は人間になり、華族制度は廃止。路頭に迷って自殺を図る生活力のない当主の五條、戦犯裁判にかけられる弟、ヒロポン中毒の息子らの中で女たちはたくましく、後妻の華子と弟の妻慶子は、将校クラブのホステスを引き受けた。
不穏な動きを見せる闇屋の権堂や日系二世の軍人ジョージ・イトウが出入りする離れでは、にぎやかな宴が始まっている。ジョージの説くデモクラシーの理想に胸をときめかし、愛をふくらませてゆく華子。娘・雅子は、なぜか権堂に魅かれてゆく。やがてアメリカの占領政策がかわり、朝鮮戦争がはじまる。特需景気で旧勢力が息をふきかえし、五條の弟は政界に復帰、息子は警察予備隊に。そして翌年、戦死したジョージから思い出のオルゴールが華子のもとに届くのだった……。
【ダリオ・フォーについて】Dario Fo (1926-2016)
イタリアの劇作家、演出家、俳優。ミラノで喜劇俳優としてデビュー。民衆喜劇の流れをくむ女優フランカ・ラーメと結婚、1953年一座を結成して以来、自作・自演の喜劇、笑劇を興行し続ける。パロディー、ギャグ、アクロバット、歌、マイム、道化、仮面、人形など、民衆劇的な手法を駆使して、現代の政治状況や体制を風刺し告発する独創的な舞台を生み、代表作に『旗と操り人形による大パントマイム』(1968)、『ミステーロ・ブッフォ』(1969)、『あるアナーキストの不慮の死』(1970)、『誘拐されたファンファーニ』(1975)など。1997年にノーベル文学賞受賞。
〈赤沢寛〉『日本大百科全書』より
【作品について】
『泥棒もたまには役に立つ』Non tutti i ladri vengono per nuocere(一九五八)
高級マンションに忍び込んだ泥棒。そこに家の住人の男が愛人を連れて帰宅、さらに泥棒の妻、男の妻、愛人の夫が次々に現れる。男と愛人、男の妻と愛人の夫がそれぞれ不倫関係にあるが、全員が相手にその事実を悟られまいと懸命に取り繕う。ブルジョア階級の二組の夫婦の不倫騒動に泥棒の夫婦が絡んで巻き起こる喜劇。フォーのごく初期の一幕劇。二〇〇一年、シアターXが上演(井田邦明演出)。
『開かれたカップル』Coppia aperta, quasi spalancata(一九八三)
フランカ・ラーメとの共作。自由で開かれたカップルを目指す中年夫婦の奇妙な関係をコミカルに描く一幕劇。男と女のかみ合わない対話から、イタリア人の奥底にある抜きがたい性差別の意識が浮き彫りになる。劇中、長い台詞を一人で演じる場面が多数あり、フォーが得意としたモノローグ劇の性格も併せ持つ。海外での上演も多く、日本では二〇〇一年にシアターX(井田邦明演出)、二〇〇六年にうずめ劇場(ペーター・ゲスナー演出)が上演。
今年は三島由紀夫生誕100周年でした。ということで2025年10月の古典戯曲を読む会@東京では、三島由紀夫『サド侯爵夫人』を読みます。

2025年9月の古典戯曲を読む会@東京では、ストリンドベルイ『稲妻』を取りあげます。
ヨハン・アウグスト・ストリンドベリ(1849-1912)は、ノルウェーのイプセンと同時代に活動したスウェーデンの劇作家です。ストリンドベリは自身の内面世界を赤裸々に投影した主観的で表現主義的な作風で知られています。2025年8月の古典戯曲を読む会@東京では、井上ひさし『闇に咲く花』の後半を読みます。先月出ていない方の参加も可能です。
昭和庶民伝第二部。笑いと涙の、傑作戯曲。敗戦後、復員してきたプロ野球選手を巡って神田の愛敬稲荷神社で起こる珍騒動。戦争と神道という重いテ-マを野球で明るく解き明かす名作。(講談社ウェブページの紹介文より)https://www.kodansha.co.jp/book/products/0000161220